いつもお世話になっております、クマです。つい先日、面白い光景を見た。とある事件に対してユーザーがAIに「結局誰が悪いの?」と結論を問うていた所から始まる。今日の話題は難しい話題なのでとりあえず大前提としてあくまでこの投稿内容そのものが僕の主観である、と言う前置きと前提条件を定めておくものとする。AIの様に感情的に左右されない、精神的不安定さから来る非確定的判断の無い存在に結論を委ねる事の「楽さ」は計り知れない魅力がある。しかしこのAIも人が創り上げたシステムにすぎないと考えてしまえばまたつまらないものとも思える。AIは十人殺した殺人鬼と一人殺した殺人鬼の人が定めた法の元における善悪対照と数値的比較はできても十人の成人を殺した殺人鬼と十人の赤ちゃんを殺した殺人鬼の善悪と数値的比較は導き出せない。
人の子の法でこの状況における善悪を定義することは命の重さに絶対的な上下関係を生んでしまうので法すらも作れないだろう。それなら尚の事、数値すら表せない事件に対する善悪診断をAIができるものなのだろうか。AIは学習させる人と集積した情報を引き出す側に分かれている訳で、学習させる側が意図的に多人数となってしまえばAIでも白を黒と言う可能性があるのだ。するとやはり事象/事件に対する善悪の判断は未だ人の手に委ねられている。アニメ「サイコパス」ではこの診断を無数に接続された人間の脳が行っているという設定でどうも上手い具合にこのAI問題を迂回している。
このアニメもこのアニメで非常によく描かれてるのでお時間がある方はアニメの方も是非見てみるといいだろう。しかし現実ではそんな事はできないのでやはり善悪の判断は人が主観的に行うものである。では「私の主観」でものの善悪を測っていいものなのだろうか。この回答とは言わないが Excuse と出来る理屈で僕の中で今アツい理論は「ブラックホール的観測論」である。世の「真理」をブラックホールと置換した時、周囲の空間では光すら吸い込まれ、周囲空間には何も見えない空間がある。そして僕らがその「真理」を説明する事は直線的な観測を試みる(観測線)事であり、その直線が質量体ブラックホールそのものを観測できているのか、近似値としての周囲空間を観測してるだけなのかは未だ分からない、と言う考え方である。
この理論の便利な点は周囲空間すら何も見えない点であり、事象説明が複数点より存在した時、3直線以上の交点となると座標が確定する訳だが、この空間のお陰でそもそも交点を成してるのかどうかすら観測できない、とする事である。宗教も科学も等しくこの観測線であり、皆等しく信憑性を持つと考えれると気が楽になるものである。分かりやすい例が地球の創生で、神が人と人が生きる為の地球を灰から創り上げたと言う人も居れば太陽系が出来た時に散っていた質量体が集まっていって惑星が出来たと考える人もいる。とは言えその地球が生まれた日をビデオ撮影して記録に残した訳でも無いので何が真実かを確定させることはできない。
しかし観測者側で「相対的にこの理屈は正しいだろう」と仮定する事はできるし、これが否定されることもない。世の中で「何が正しいか」を議論するとき、この「近似性」を競ってると考えると視点が広くなる。科学的には歴史的に積み上げられた研究や多人数によるその観測線の承認がこの近似性を裏付けするものであり、宗教的にはどんなに科学が進歩しても尚説明しきれない部分を埋めて説明できるのは自分たちの理論であると言う裏付けを持って観測する。と、すれば。別にその観測線らに自分の主観が混ざっていたとて問題はないのではなかろうか。既にこの理論だって僕が高校生の頃に心を虚無らせながら考えついた理屈なのだ。
別にいいじゃないか、と。また別のアニメになるがここ1、2年で見たアニメに素晴らしい作品があった。銀河英雄伝説と言うアニメのセリフにこんなものがあった: "絶対的な善と完全な悪が存在する、という考えは、おそらく人間の精神をかぎりなく荒廃させるだろう... 人間の歴史に『絶対的な善と絶対的な悪の戦い』など存在しない。あるのは、主観的な善と主観的な善との争いであり、正義の信念と正義の信念の相克である... 私はあなたの主張に対してアンチテーゼを提出しているにすぎません。ひとつの正義に対して、逆の方角に等量等質の正義が必ず存在するのではないかと私は思っていますので、それを申しあげてみただけのことです" - ヤン・ウェンリー -実は違うシーンの断片をつなぎ合わせたものだが、どこを切り取っても深く考えさせられる。
このアニメにもっと早く気付くことが出来れば僕の捻くれた性格も少しは小さいころから矯正ができていたかもしれない。起点に戻るが、やはり善悪にしろなんにしろ、主観的判断をするのは誤っていないしそれが相反することもあれば部分的に寄り添えるものもある。それを世にお出しするタイミングや状況等、様々な要因でその比重には影響するが、やはり善悪は自分で主観的に決めていくものなのだろう。AIに頼らずとも個々の判断を自らの責任でやっていける、そんな人でありたいと思う。今日はこの辺で。May Your Life Be Blessed.
~~クマ~~